銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座で昼食をとるようになってからどのくらい経つだろうか。ひょんな成り行きから映画評論の仕事をするようになった。不思議なことに、各映画会社は銀座に集まっているのだった。
かつて、どなたかが書いていた『悪魔の辞典』の日本版に「映画評論家/平日の午後、銀座の交差点を忙しそうに歩いている人のこと」というのがあったように思う。各配給会社の試写は、午前に1回、午後は1時と3時半と6時に映写が始まるというスケジュールになっている。
私事で申し訳ないのだが、いつのころからか、試写は3時半からのもののみを観るようになった。執筆の仕事は午前中から昼過ぎまでと決めていて、この原稿もそうして、書斎で書いている。それから遠路、銀座まで映画鑑賞に出かけるのが日常となっている。
ちょうど、僕にとっては、銀座到着が昼飯の時間ということになる。試写の前に軽く食事をして、それからおもむろに試写室に赴くのであった。
平日はほとんど、このスケジュールで歩いているので、銀座での昼食には詳しくなった。3時半からの映写開始が決まっているのだから、行列ができる流行りの店はちょっと困る。
だいたい2時ごろに行っても空席がある店に目星をつける。それぞれの店は常連とまではいえないが、試写室から至近距離で時間の配分ができるところを選んでいるので、余り冒険はできない。
しかし、この日は僕としては珍しいことをした。かねてより、気になっていたのだが、入ったことがないお店に足を運んだのだ。そのレストランは、やはり銀座の老舗として有名なインド料理店のすぐ脇、前は何度も通りすぎていた。
ここは、これまで噂には聞いていたが、入るのははじめて。この日、敢えて挑戦したのだった。
『レストラン早川』は創業1936年(昭和11年)という老舗中の老舗。実は先年、亡くなられたイラストレーターの安西水丸さんが贔屓にしていたお店として、前から知ってはいた。お店選びでは定評のある安西さんが、どんなレストランをお好みだったのか。そんなことが気になってドアを開けた。
アジフライ定食千円なり、というのがうれしい。2匹のうち一方をウースターソースで、もう片方を醤油で食べた。子どものころから慣れ親しんだ味わいであり、ライスも粒が立って美味しい。最近の傾向がガッツリだとすれば、量的にもサクッと食べられる分量であったのもうれしい。
値段も盛りつけも味も昔風。懐かしい昭和の香りとでもいうのだろうか。
銀座にあって、この店構え、有形文化財とはこのことか。 楽しみが、また一カ所、古きを訪ねて新規開拓できたことになる。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*文中に登場するお店でのお支払いは、現金のみとなります。
*掲載情報は2022年12月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「古きを訪ねて、新しきを知る」。