銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
50代の半ばから10余年ばかり、ヤマハ銀座店に通っていた。
大人の音楽教室というものがあり、成人してから楽器を始めたいというひとのために、レッスンが用意されていた。僕は、無謀にもここでアルトサクソフォンの習得に挑戦したのだった。
小学校から音楽の授業はあったものの、音楽のなんたるかは、遂に分からずじまいだったのだが、この教室で一から教えられて、なんとか、それなりに楽曲に馴染むことができた。
授業の成果は、年に一度か二度、ヤマハ銀座店の7階にあるヤマハホールで行われる発表会で検証することができるのだった。とはいうものの、いつもふがいない結果に終わったのだったが。
だから、ヤマハ銀座店は勝手知ったるなんとやらで、どこに何があるかはだいたい分かっているつもりであった。したがって、6階にあるコンサート用のサロンも知っていると思っていた。
ところが、このたび、サロンを見学させていただいて、一度も中に入っていないことに驚くこととなった。
確かにサクソフォンの発表会はヤマハホールか、地下のライブハウスのようなステージのあるヤマハ銀座スタジオで行われることが多く、このサロンは利用していなかったのだ。正式な名称をヤマハ銀座コンサートサロンという。
この会場はほぼ円形のイメージであり、あえてステージとしての段をもうけることはない平面で、まさにサロンの名に相応しい。
壁面も厳選された良質の木材がふんだんに使われ、高度に最適化された音響空間を形作っている。
その残響音も、弦楽四重奏やピアノ演奏のための調節がほどこされているので、楽器の持つ、そのものの音が堪能できるように設計されているという。
思えば、ベートーヴェンに代表される交響曲のような大編成のオーケストラを大ホールで聴く形態ができる前、音楽は小編成の弦楽器や、それにピアノ(当時はチェンバロか)を加えたものを、限られた人数で聴くのが主流だったはずだ。
つまり、古の王侯貴族が嗜んだ音楽鑑賞を、現代に再現した空間がヤマハ銀座コンサートサロンということになるだろう。常設されているピアノも最高級のCFXモデルのグランドピアノだ。
あえて固定された椅子を置かず、演奏の人数構成に合わせて自由な鑑賞空間をつくれることにも好感が持てる。
また、ヤマハ銀座店の1階にあるカフェは、丁寧に供される珈琲をはじめ、みな味わい深く、コンサートの開演までの待ち合わせなどに最適だろう。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2025年4月号掲載時点のものです。
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