銀座より道、まわり道
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
こよなくワインを愛する弁護士の山本博先生と月に一度、小人数で銘醸ワインをいただきながら、お話しするようになってから三十余年も経つだろうか。
一説に日本最古のワイン勉強会といわれ、初期の参加者には作家の開高健や広告業界の伝説的な人物、坂根進がいた。
僕のごときシロウト同然の酒飲みがお邪魔してもいいものかと思ったが、度胸を決めて末席を汚している。
いまだにワインのイロハも分からないのだが、かつて山本先生に、何故、ワインを飲むようになったのかと尋ねたことがある。
その答えは意外なものだった。ヨーロッパ人のことを知りたいと思ったからだとおっしゃる。何故、彼らは我々と物の考え方、感じ方が違うのだろうか。もしかしたら、キリスト教の歴史を勉強すれば、分かるのではないか。そのためにはワインを知ることが大事だ。
おおむね、そんなことだったと思う。もしかしたら、ワインを飲むことによって、ヨーロッパの歴史や伝統、ひいてはキリスト教が分かるとおっしゃったのだっただろうか。記憶が曖昧だ。
たとえば、キリストが最後の晩餐で飲んだのは白ワインか赤ワインか、というような議論。ワイン会では、必ず出てくる定番になっている話題だ。
それでは、ワイン以外にキリスト教、ヨーロッパを知るためには何を読めばいいかと、重ねて質問したところ、それだったら犬養道子の『旧約聖書物語』『新約聖書物語』(共に新潮社)がいいだろうとのことだった。
僕には書物を購入するときのルールがある。どこの本屋で買うかまで、当該書籍の内容にあわせて選んでいる。実物を手にした感じも重要な選択基準だ。
聖書関係ならば、銀座の『教文館』だろうと見当をつけて、さっそく出かけた。
だいぶ前のことなので、一般書籍の2階か、キリスト教関係の3階で買ったのかは忘れてしまった。
ともかく、ここだと思った書架の真ん中に、きちんと2冊の本が並んでいた。
さて、それを読んだかというと、不勉強な僕は、いまだに読んでいない。いつか必要になったら読むだろう。
三十年ほど前に、続けて数冊の本を上梓した。その都度、ほかの書店では数冊しか置かれていなかったのに、教文館の新刊書のコーナーには山積みされていて、ありがたいと思ったものだ。
現在、ネットで、それらの本は高額で取引されている。内容が高く評価されたからではない。市場にほとんど出回っていないからだ。当時、おそらくは売れ残って、大量の返本が出ただろう。教文館には申し訳ないことをしたと思っている。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2023年6月号掲載時点のものです。
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山口正介さんが綴るコラム【銀座より道、まわり道】。「ワイン文化に欧州を知る」。