銀座の謎
文・山口正介 イラスト・駿高泰子
Text by Shosuke YAMAGUCHI
Illustration by Yasuco SUDAKA
銀座に寄ると必ず訪れるビルがある。
数年前にそのビルに入ろうとすると、外国からの観光客が立ち止まり、空を見上げた。
それはキリスト教教会の鐘の音、カリヨンの響きが上空から舞い降りてきたからだった。銀座には何か所か多数の巨大な鐘を鳴らすカリヨンがあるが、このビルにも備えつけられているようだ。
このとき聞こえてきたのは、松屋通りが西銀座通りに突き当たった角になる教会のものだ。一見、普通のビルのようであるが、教会と分かるのは屋上に十字架が見えるからだろうか。建物の脇にある階段を上ったところが礼拝堂だ。
もう50年近く前になるのだが、一度だけ、この教会の礼拝堂に入ったことがある。
当時、親しくしていた音楽家の深町純さんの結婚式に参列したのだった。深町さんは東京藝術大学の音楽科だったが早くからホピュラー音楽に進出し、才能を開花させた。同じような経歴の坂本龍一さんのちょっと先輩ということになる。
僕が在籍していた演劇の短大でシェークスピアの『マクベス』を上演したときに、現代音楽風の効果音の作曲とオペレーターとして参加していただき、そこで知り合った。
その上演の打ち上げパーティを先輩の自宅でやったとき、応接間に置かれたグランドピアノで深町さんが弾かれた『枯れ葉』の演奏が忘れられない。巨大な樹木を一陣の突風が襲い、すべての葉が一度に落下してしまう光景が目の前に広がる衝撃的な即興演奏だった。
そんな関係で深町さんの結婚式に参列したのだった。
式を執り行った牧師さんは、彼の親戚の方だったと記憶している。深町さんのご親族には牧師になられた方が多いとのことだった。
「末永く添い遂げるように」と牧師さんが、そこだけ力を込めておっしゃったのは親戚ゆえだろう。
そんな思い出がある教会だが、僕が銀座を訪れるたびに寄るのは教会ではなく、同じビルの8階にある中古カメラの店だ。
通は「中古」と書いて「ちゅうぶる」と読むが、そんな人はもう過去の人間といわれてしまうだろう。
カメラ店の階下に教会があったりするところが銀座の謎であり、面白いところだ。いや、教会の上にカメラ店というのが正解か。
8階に昇るために通過するエレベーターホールに教会の歴史的な品々の展示がある。ずいぶんと古い鐘が置かれているが、まさか先ほど、聞こえてきたのは、この鐘ではないだろう。
やまぐち しょうすけ
作家、映画評論家。桐朋学園演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て小説、エッセイの分野へ。近著に『父・山口瞳自身/息子が語る家族ヒストリー』(P+D BOOKS 小学館)。
*掲載情報は2020年12月号掲載時点のものです。
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