インタビュー
写真・斉藤有美 文・渡邊卓郎
Photographs by Yumi SAITO Text by Takuro WATANABE
「hide kasuga group」代表で工学博士でもある春日秀之氏。
サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向け、多様な提案をする「hide kasuga group」。その代表である春日秀之氏が開発した新素材「トランスウッド®」を用いた環境調和型ブランド「hide k 1896」が展開するテーブルウェアシリーズ「les trois collection(レトワコレクション)」は、環境問題が深刻化する今、参加することが楽しくなるエコロジカルな未来を見据えている。
3アイテムでスタートしたレトワコレクション。2024年秋には4アイテムが追加され、選ぶ楽しさが増した。また、黒のみだったカラーもライトグレーとダークブラウンが仲間入り。価格は4,400円(税込)〜。詳細はブランドサイトにて。https://store.hidek1896.com/
光沢を抑えた黒のテクスチャーが印象的な美しい器。手に取ってみると、その質感と軽さに驚かされる。陶器のように見えるその素材は「トランスウッド®」。間伐材の木粉と廃食用油から製造されたバイオマス樹脂を配合した、全く新しい素材だ。普遍的な美しさを湛えるデザインは、世界的な建築家・隈研吾氏などのトップクリエイターが担う。「まずは美しい器であることにこだわりました。どんなに環境に優しかったとしても、美しくなければ誰も手にとってくれないでしょう?」。そう語るのは「hide kasuga group」代表の春日秀之氏。工学博士でもある春日氏が研究を重ねた末に生み出した新素材「トランスウッド®」は、溶かして何度でも利用できる環境調和型の革新的なものだ。家具や車の内装の素材、構造材など、本物の木のように幅広く利用できるトランスウッド®を広く世に打ち出す第一歩として、トランスウッド®製の器は開発された。
トランスウッド®は配合を変えることで色も形も変幻自在。自動車・建築・家具・ホームウェア・ロボットなど、用途は実に幅広い。
「循環する器であるレトワコレクションは、トランスウッド®の広告塔的な役割を担います。まずは美しい料理を最大限に引き立てる器として使ってもらい、このマテリアルに興味を持ってもらうのです。循環型の素材であるという説明から入るのでは、人の心には響きません」(春日氏)
料理が映える器としてプロの料理人からも高く支持され、レトワコレクションを採用するホテルや飲食店も急増中。
現在、『ホテルオークラ東京』や外資系のラグジュアリーホテルのダイニングがレトワコレクションを採用。黒い色の皿は料理を引き立てるとして欧米でも高い支持を得ている。名前の由来である「Les Trois」(フランス語で「3つの」)の名のとおり、当初、レトワコレクションは3つのアイテムから始まった。「3種類のお皿があればカフェ飯から家庭料理、高級フレンチまで網羅できると考えました。少ない食器で食卓を囲む発想は、フランス家庭でのスタイルにヒントを得ました」と春日氏。春日氏は大学院卒業後、大手複合材メーカーに入社し、社命を受けてフランス・プロヴァンスの大学に留学。その後はパリの研究所に駐在し、長きにわたってフランスの食文化やライフスタイルに触れた。食の宝庫・プロヴァンスではワンプレートの食事が日常的であり、パリではバゲットを皿代わりに用いる風習にも触れた。「使うお皿を少なくするということは、働く女性の負担軽減につながるだけでなく、洗い物も減るので環境負荷の低減にもつながるのです」と春日氏は力説する。
ワンプレートランチの提案。割れる心配がないため、お子様用としてもおすすめだ。
約4年間にわたるフランスでの生活は春日氏の価値観に変化をもたらし、その後の事業にも大きく影響を与えた。「日本には優れたものづくりの文化がありますが、良いものをつくってさえいればいいという風潮があるのも事実です。そこにはストーリー性やブランディングで価値を高めるという観点が欠けているのです。フランスでは製品に込められたストーリーが重視されます。歴史、文化、そして哲学が製品のコンセプトになるのです」。
日本のものづくりを見直し、未来へと繋げたいと語る春日氏。そのアイデアは尽きることがない。
「新しいものだけを追い求めるのではなく、古くからの知恵を取り入れ、新旧を融合させて編集することが今の日本には重要なのです。日本は便利さを追い求めて工業大国となりましたが、商品の美しさは後回しにされてきました。そして昨今では世界のものづくりにおいて、日本の存在感が薄れています。そんな今だからこそ、日本の美意識や文化を活かしながらライフスタイルや文化を編集するべきだと考えています。それを私は『令和モダニズム』と呼んでいます」。そんな「令和モダニズム」の考えのもとに生み出された「レトワコレクション」は、使えば使うほどに社会全体におけるプラスチックやCO2の削減に寄与できる。トランスウッド®がある未来は、想像をはるかに超えた新しい価値を生み出す可能性を秘めている。
左:長野地域の間伐材を用い、隈研吾氏がデザインしたトランスウッド®製ペンケース。長野市内の中学生に配布された。右:1年後に回収され、善光寺境内のベンチとして生まれ変わった。
「サーキュラーエコノミー」の実現を目指す春日氏の挑戦は、レトワコレクションだけにとどまらない。2023年にスタートした「GCH by hide k 1896 アップサイクルプロジェクト」は、環境問題やアップサイクルについて、子どもたちの理解を深める取り組みだ。長野県長野市と千葉県市原市、そして三井化学株式会社と連携し、隈研吾氏のデザインによるその地域の間伐材を用いたトランスウッド®製ペンケースを中学生に提供。1年後に回収してアップサイクルするというプロジェクトである。「環境の大切さを伝えるためには、実体験がないと自分ごととして考えられないと思うんです」と春日氏。長野市の東部中学校の生徒が1年間使用したペンケースは、回収されて善光寺境内のベンチとして生まれ変わった。これには子どもたちからも驚きの声が上がったという。そして、2025年にはベンチを回収してアート作品にアップサイクルし、美術館に設置する予定だという。
このプロジェクトが示すのは、廃棄物を出すことなく美しい循環を実現するストーリーである。「環境問題の解決、循環型社会の実現にはストーリーが不可欠だと思います。それが人々の心に響き、その後の行動につながると思うのです」と春日氏の言葉は、心が躍るようなストーリーと付加価値が、人々の関心を何倍にも膨らませてくれることを物語っている。「トランスウッド®がもたらす循環を体験した子どもたちは、一緒に暮らす親や祖父母にそれを伝えてくれます。この体験は、大人になった時にサーキュラーエコノミーへの理解と認知を得やすくすると思うのです。彼らが社会に出る頃は、環境問題はもっと深刻な状況になっているだろうという現実は避けては通れません。そのために、今後はさらに産官学が共同で取り組む必要があります。そして『環境対策は楽しい』という実体験が必要なのです」。
環境への取り組みが楽しさや美しさと直結することこそが、意識改革の鍵となるだろう。「100年循環する素材」をコンセプトに生まれたトランスウッド®が創造する未来は、日本が環境先進国となるための近道を示してくれている。
Information
hide k 1896 旗艦店
東京都渋谷区神宮前5-6-5 Path表参道A棟1階
電話:03-6427-7319
営業時間:12:00~19:00
定休日:ウェブサイトでご確認ください
https://hidek1896.com
春日氏プロフィール
春日秀之
Dr.Hideyuki KASUGA
「hide kasuga group」代表。工学博士。長野市出身。大手複合材メーカーのパリ研究所駐在後、家業であるNiKKi Fron株式会社の代表取締役社長を務め、2012年に独立。2013年に環境調和型ブランド「hide k 1896」を創業。早稲田大学理工学術院総合研究所客員研究員。信州大学特任教授。
2025.04.01 Interview
2025.03.03 Interview
2025.03.03 Interview
2025.01.06 Interview
2024.12.02 Interview
2024.12.02 Interview
2024.11.01 Interview
2024.08.16 Interview
環境調和型ブランド「hide k 1896」の春日秀之氏へのインタビューをご紹介。