水戸納豆、常陸秋そばと、
銀座で茨城を味わった一日
めざすのは茨城のアンテナショップ『茨城マルシェ』。
前は銀座5丁目にあって、その頃は立ち寄ったこともあったが、
今の1丁目に移ってからは初めて訪ねる。
たどり着いたら、よく行く小料理屋のすぐ近くだった。
なんだか急に親近感がわき、地元の名物に心がひかれてしまうのであった。
文・山口正介 写真・長坂芳樹
Text by Shosuke Yamaguchi
Photographs by Yoshiki Nagasaka
遠い先祖が利根川で産湯を使った身としては、因縁浅からぬ土地である。
今だったら鹿島アントラーズ、ちょっと前だったら映画『下妻物語』が僕の知っている茨城だった。
つくば市を考えるまでもなく、茨城は首都圏の衛星都市を擁して、通勤圏に入っているのではないか。また、水戸といえば水戸納豆の名前は誰でも知っている。
銀座に茨城県の物産をあつかうアンテナショップ『茨城マルシェ』があるというので、訪ねてみた。たどり着いてみれば、行きつけの小料理屋のすぐ近くで、いつも前を通っている店舗だった。なんだ、ここにあったのかと親しみをこめて納得したのだった。
名産、特産を展示即売するコーナーも充実しているが、飲食店としてのスペースもゆったりとしていて、落ち着いた佇まいだ。ここは名物料理をいただくのが一番だと思い、さっそくメニューを開いた。


太平洋に面し、深い里山と豊かな田畑にめぐまれ、もちろん、霞ヶ浦や利根川という淡水域からも数々の産物を有す。そのため、メニューの品数の多さには他を寄せつけないものがある。
肥沃な大地があるため、畜産も盛んなのか、牛肉を使った料理がまず目に飛び込んできた。いずれもブランド牛を使用していて、僕のような肉好きに堪らない。
しかし、この日は大人しく常陸秋そばと水戸納豆という茨城の代名詞ともいえるもので初戦をかざることにする。
そばは馥郁(ふくいく)として、香り、のど越しもなかなかなものだった。茨城県で生産されるそばはその品質の高さで知られている。その味と香りを邪魔しないそばつゆの味もあっさりとして好感がもてるものだった。
余所だったら大盛りともいえる量であったが、あっという間に完食してしまったのには我ながらあきれた。
続いて大好物でもある納豆をご飯にかけていただく。かの食通として知られた篆刻と陶芸の北大路魯山人がことのほか愛した納豆である。僕も人後に落ちず、毎食でも食べたくなるほどの納豆好きである。
納豆をかき混ぜるために造られた陶器の器も親切設計で好感が持てる。把手が着いていて、とてもかき混ぜやすい。
わが家では適量の醤油を注いで、刻んだ長ねぎと生卵とカラシを一緒くたに混ぜ合わせるのだが、ここではごくシンプルに納豆専用の醤油を注ぐだけで、あっさりといただく。聞けば、ショップでは70種類におよぶ異なる生産者が提供する納豆が用意されているとか。ワラヅトに巻かれた伝統的な納豆をはじめ、吟味された大豆と納豆菌の取り合わせで、食感もバラエティーにとんでいる。

特産品を扱うショップでは、全国生産量1位のメロンをはじめ、果物、野菜、酒など、茨城グルメが豊富に並んでいます。

俗に関西の味付けは、出汁を使い薄口であっさりとしていて、関東は醤油を使って塩っ辛いといわれている。わが家などでは「アダジョッカライ」といって、頭が痺れるほど塩味を効かせたものだった。煮物などは醤油で真っ黒になるのが常だった。
しかし、どうも茨城の味付けは関東風でもなく、だからといって関西風でもない。

関西も実は塩分濃度は関東に匹敵するぐらいなのだ。茨城の味付けは、総じてあっさりとした味であり、少し甘口に感じる。うす口ということなのだろうか。
食材の持っている本来の風味を生かすためには、そのほうがいいことはいうまでもない。
秋の食材も収穫真っ盛りの時期を迎えた。楽しみがまた増えたと、ありがたく感じた一日だった。
茨城マルシェ
東京都中央区銀座1-2-1 紺屋ビル1F
営業時間 | : | 〈マルシェ&イートイン〉10:30~20:00 〈ビストロ〉昼11:00~17:00 夜17:00~23:00(日曜、祝日は~21:00) |
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定休日 | : | 年中無休 |
03-5524-0818
[著者プロフィール]
やまぐち・しょうすけ
作家。映画評論家。1950年、作家・山口瞳の長男として生まれる。桐朋学園芸術科演劇コース卒業。劇団の舞台演出を経て、小説、エッセイなどの文筆の分野に転身。銀座の散歩はヤマハのサクソフォン教室、映画の試写などに通っているうちに「ほぼ日課」となる。主な著書に『正太郎の粋 瞳の洒脱』『山口瞳の行きつけの店』『江分利満家の崩壊』などがある。
*ギンザ八丁 たてよこ散歩 Vol.9「ずっと観ていても飽きることのない盆栽の世界とは」もあわせてご覧ください。
2017.10.24